学生時代、僕は5000mを14分台で走っていました。目標は、箱根駅伝。
それから20年以上。今の僕は、ふだんキロ5〜6分でゆっくり走っています。
数字だけ見れば、ずいぶん遅くなりました。でも今は、それでいい——むしろ、それがいいと思えるようになりました。今日は、僕が「速さ」を手放した話を、正直に書きます。
箱根を夢見ていた、あの頃
学生時代は、陸上が生活の中心でした。中学から大学まで、長距離一筋です。
正直に言うと、練習はきつくて、楽しめることの方が少なかった。それでも続けられたのは、「箱根駅伝に出たい」という目標があったからです。
あの頃の僕にとって、「速いこと」自体に意味はありませんでした。ただ、箱根に出たい。その一心で走っていただけなんです。
だから、引退してからは走ることにすっぱり興味をなくしました。目標がなくなった瞬間、あれだけ生活の中心だった走ることが、自分の中からきれいに消えてしまったんです。今思えば、僕は「走ること」ではなく「箱根」を追いかけていたのかもしれません。
20年のブランクを経て、走り出したら
大学を出てから、僕は走ることから離れました。気づけば20年近く、ろくに運動もしない生活です。
40代で再開したとき、現実は厳しいものでした。キロ6分——学生時代なら軽い流しのようなペースでも、息が上がり、足が上がらない。
正直、気持ちは沈みました。「こんなに動けなくなっていたのか」と。このときの話は「昔は走れたのに|ブランクから再開して気づいたこと」に詳しく書いています。
ただ、同時にこうも思いました。「ここから、また上げていこう」と。
「速く走らなきゃ」と、自分で自分を縛っていた
問題は、ここからでした。
昔の感覚が体に残っていて、「速く走らなければいけない」というマインドが抜けなかったんです。
でも、速くなるには、計画的に練習を積む必要があります。やってみると、体力以上に、精神的にきつかった。そして、続かない。また走らなくなる。その繰り返しでした。
本来、走ることは楽しいはずだったのに、いつのまにか「やらされ感」になっていました。誰に言われたわけでもないのに、自分で自分を追い込んでいたんです(この苦しさは「ある日突然、走るのが嫌になった」にも書きました)。
いちばん苦しかったのは、過去の自分と比べてしまうことでした。「昔はこんなペースじゃなかった」「もっと走れたはずだ」。その物差しで今の自分を測るたびに、走ることがどんどん嫌いになっていきました。
「速さ」を手放したら、走るのが楽しくなった
あるとき、ふと気づきました。「速さを求めるのを、やめてみよう」と。
目標タイムも、練習メニューも、一旦どこかに置いて。ただ、気持ちよく走る。自分のペースで。
それだけのことで、走ることが、また楽しくなっていきました。
ゆっくり走って、見えてきたもの
速さを手放して、いいことがたくさんありました。
- 精神的に、余裕を持って走れるようになった
- 次に走り出すときのハードルが、一気に下がった
- 視野が広がって、景色を見る余裕が生まれた
速かった頃は、足元とタイムしか見ていませんでした。今は、川面のきらめきや、季節の移ろいに気づける。これは、ゆっくり走るようになって初めて手に入れたものです。
不思議なもので、タイムを気にしなくなったら、体の調子もよくなっていきました。力みが抜けて、ケガをしなくなった。焦って距離を増やして故障する、という昔のパターンからも抜け出せたんです。
【今の僕の現在地】数字は落ちた。でも、走り続けている
正直に、今の数字を出します。
| 当時のペース | |
|---|---|
| 学生時代 | 5000m 14分台(約キロ2分50秒) |
| 今 | ふだんキロ5〜6分(調子のいい日で5km24分) |

数字だけ見れば、見る影もありません。でも、僕はもう、この数字に落ち込みません。だって、20年のブランクを越えて、今こうして走り続けられているんですから。それだけで十分すごいことだと、思えるようになりました。
それでも、サブ4は目指している
とはいえ、速さを完全に手放したわけではありません。実は今、フルマラソンでサブ4(4時間切り)という目標を持っています(「40代で「サブ4」を目指してみる」)。
矛盾しているように聞こえるかもしれません。でも、僕の中ではこう折り合いをつけています。
「完全に速さを手放すことは、たぶん一生できない。でも、自分を苦しめてまで頑張る必要もない」。
だから、”適度に頑張る”を続ける。マラソンに挑戦していること自体に価値があるし、素晴らしいことだと思う。うまくいかなくても、自分を責めない。そう決めています。
昔バリバリやっていた、同じ40代へ
最後に、かつて本気で打ち込んでいて、今は走りから離れている同世代へ。
とにかく、無理はしないでください。
40代は、仕事や家庭で、ランニングに割ける時間を確保するのが簡単ではありません。そこで昔のように速さを追求すると、心のほうが先にきつくなってしまいます。
大事なのは、速さより継続です。そして——続けてさえいれば、いつか時間に余裕ができたとき、パフォーマンスを取り戻すのは、きっと早い。土台は、ゆっくりでも積み上がっているからです。
まとめ|速さは、また戻ってくる
速さは、また戻ってくる。僕はそう信じています。
だから今は、タイムに一喜一憂せず、走り続けることそのものを楽しむ。
箱根を夢見たあの頃の自分も、きっと笑って許してくれるはずです。


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